いま、日本のアパレル問屋・メーカーは最大の岐路に立っている。次の二つのうちのどちらの道を選択するかである。これまでのアパレルの道を踏襲していくか。それともSPAへ転換するか。このどちらかである。このままでは、かつての八〇年代に経験したDCブランド時代と同じ道をいくだけである。かつてそういった状況下で変化を読みとり、SPAへ転換したのはワールドでありファイブフォックスである。彼らはいま日本を代表するファッション企業へ成長している。他方、残った企業はいまどんな姿か。ますます弱体化し当時のおもかげすらない。コムデギャルソソしかり、イッセイミヤケ、ヨウジヤマモト、ナイスクラップ、名をあればきりがない。競争から脱落していった企業の方が多い。
既製服の大量生産、販売に成功をおさめた。そしてその販売先として百貨店を選択した。百貨店は商品毎に売上予算枠がある。その壁を破らなければ商品は大量に納入できない。そこで樫山が考えたことは、残ったものを引取り、欠けた商品を補充し、再び1ロット10着にしてそれらを別ルート(同業他社)へ流す。このようにして商品の鮮度を保つ方法である。またこれも、繰り返しになるが、百貨店は土・日曜が最も多忙であり、樫山から派遣店員が来ることに大いに助かる。一方、樫山側としても社員が店頭に立つことにより、消費者と直接ふれあう機会ともなる。専門知識があるので、消費者にも受ける。この委託販売制を取り入れたのが樫山純三であり、そしてこの人の後継が馬場彰なのだ。以上のような背景から、百貨店と競合するSPAを表立ってできないというわけなのだ。
アウターとしての、当時のカジュアルの代表的存在の、黒っぽい革ジャンスタイルだ。革ジャンは、カジュアルウェアの中でも、社会に対する反抗の精神の象徴的存在である。これは現在でも不変である。監督のニコラス・レイが、バズとその仲間に革ジャンを着せ、ディーンだけに、あえて赤いブルゾンを着せた理由は、バズとジムの社会に対する精神的な相違を表現するためであろう。バズとその一派は、心の底から社会に反抗し、ジムは反抗しながらも、どこか心の片隅で、両親や社会に受け入れられようとしている。前者は反抗、後者は抑圧からの解放で、抑圧からの解放こそ、カジュアル性なのである。この映画で、アメリカのカジュアルスタイルは、インフォーマルなどという固い言葉で括られていた英国スタイルから脱却し、完全に市民権を獲得した。アメリカ人のみならず世界中が、カジュアルスタイルとはこんなものなのか、と納得したのだ。それまでは、カジュアルウェアではなく単に砕けた格好を、またはスーツスタイルではないスタイルを、あるいはスポーツウェアを身につけていただけなのである。