クリスチャンの家庭には、お宮参りのしきたりはありません。その代わりに、赤ちゃんが生まれて1か月ぐらいになると、教会へ行って洗礼を受けさせ、信者の仲間に入ることを認めてもらいます。洗礼は、神父が赤ちゃんの頭上に水を注いで原罪を洗い清め、新しい生命をよみがえらせる儀式です。人間は、だれもが生まれながらにして罪を負い、その罪は、洗礼を受けることで清められ、聖者にちなんだ名まえを授けてもらうと軽くなる、という考えかたからきています。これが洗礼名で、聖書に出てくるヤコブ、ヨハネ、トーマスなどの聖者の名を冠して、神の子の仲間に入ったことを認めてもらいます。たとえば、大介という名まえの赤ちゃんが洗礼を受け、神の子の仲間に入ると、「ヨハネ大介」とか「ヤコブ大介」のようになります。
明治時代の文明開化の頃には、華やかな鹿鳴館のダンスパーティーがあったわけですが、それはあくまでも特権階級である皇族や華族の位を持つ方々や政商といわれた一部の人たちだけの世界でした。当時の彼らの中には、ご夫妻で行動するミスター&ミセスの意識があったのでしょう。しかし、それは庶民にまでは浸透しなかったのです。皇室におかれては、いまでこそ天皇皇后両陛下ご一緒での行動が自然になっておられますが、皇后が公式のお席にご臨席なされるようになられたのは、昭和天皇になってからなのです。明治天皇の時代には皇后はほとんど人前にはお出ましになられませんでしたし、大正天皇時代になってやっと少しそういう機会が増えてきたようです。いまのように雅子様や紀子様の一挙手一投足が報道されるようなことは、考えられなかったことです。ただ、さらに時代をさかのぼると、女性の立場や行動もまた違ったものだったのではないでしょうか。女性の天皇もおられたわけですから。それが、徳川時代以降に文化や習慣が大きく変えられたとも考えられます。そして、ふたつの大きな世界大戦。男性は戦場に行き、女性が家(内)を守るという生活の中で、男女が一緒に行動する機会がどんどん制限されるようになりました。戦時中は、男女が一緒にいるだけで非難されたり中傷されたりしたのです。ご夫妻でさえ、人前での行動は慎重にしなければならなかった時代です。本来はけっしておかしなことではないのに、ペアで行動していること自体が、特殊な目で見られる風潮すらあったのです。その結果、男性は男性社会を、女性は女性社会をそれぞれ作るようになってしまいました。とくに男性の中には「ベアで行動するなんて女々しい行為」という意識が、すっかり定着してしまったようです。そういった封建時代の残滓を残したまま、西欧文化がどんどん生活の中に入りこんできた感があります。
参加することになっていた人が所用で不参加ということもあります。こういう場合の会費はどうするのが、ベストでしょうか?当日の夕方になって不参加といわれたら、会費は返却しなくてもいいでしょう。前日までに不参加とわかった場合、店に連絡できるため、会費を返却します。これらの取り決めは、案内文書に但し書きしておくようにします。以前なら、社員の親睦会があると、上司は会費プラスαを捻出してくれたものです。しかし、今では係長、課長といっても、そのような人は少ないといっていいでしょう。ですから上司といっても、プラスαを無理強いしないこと。もちろん自主的にプラスαしてくれたときは、ありがたくいただきましょう。基本的に幹事の役割は一次会だけですが、二次会のお店は何件かリストに上げておくことも必要です。もちろん行きたい人だけが行けばいいのですから、幹事の役目も一応終わり。あとは、領収書など添付した簡単な会計報告を作り、回覧板のようにして回します。