「自分の場合、個人経営同然ですから、給与の100%が労務対価部分です。それなのに、どうしてT損保は休損(休業損害の略称)の支払いを渋るのでしょうか」「損保の頭の中には、会社役員には休損は払わないという、横暴ともいえる不払いの法則があるからです。そういうマニュアルができ上がっているのです」「不払いのマニュアルですか」「そうです」「振り込め詐欺にはマニュアルがあると聞きましたが、損保にも、払わないためのマニュアルがあるんですか」「あるんです。ちなみに給与はいくらですか」「○○万円です」なるほど、と私は思いました。彼はキョトンとしています。失礼ながら、給与額が低い方の休業損害なら、損保はわりとすんなり支払いますが、高給取りの休業損害は、一銭も払おうとしません。どうしてそうするのか。単に払いたくないからです。月給一〇万円の人には全額支払うのに、月給一〇〇万円の人には、一〇万円どころか一銭も払わない。理由として、被害者に合いそうなものをもっともらしくくっつけます。曰く。「役員の方には休業損害は出ない決まりになっている」「受傷したとは思えない」「治療が長期化したのは、既往症の影響による。その影響は八〇%を下らない」「もう治ったはずだ」などなど。Hさんは言います。「私の場合、『社長』という肩書がついているだけで、休損を一円も払わないというのは許せません。どうにかして払わせたいのですが」「払わせることは可能です。でも訴訟に持ち込まないとだめでしょうね」私はこたえました。商売上の秘密情報を開示せよ、この事件は、彼の希望で東京地裁に提訴しました。休業損害の発生を立証するため、私は彼の会社の「決算報告書」や「損益計算書」を事故発生の年の前後にわたって、五年分提出しました。今後彼が商売をつづけるうえで、支障がないと思われる資料のすべてです。これに対し、T損保側の弁護士は、さらなる証拠の提出を求めてきました。「原告会社の取引先名をすべて明らかにするとともに、取引先別の売上高帳簿を提出してもらいたい」私はカチンときました。相手方は、Hさんの商売上の秘密に関わる情報まで開示させようと企んでいると思ったからです。こちらでそれを開示したなら、T損保取引先ごとに、具体的な取引内容と金額を照会するつもりなのです。そんなことをされますと、先方に不快感を与えるだけでなく、とんでもない迷惑を及ぼし、以後、Hさんの会社との取引は停止されかねません。停止されても、T損保は「そんなのは、うちとは関係ない」と平然と言うでしょう。
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